■2017活動日誌3月■
季節の日々の移ろい、自然の中で感じたこと、後世へ伝えたいことなどを思ったままに綴りました。コメントをお寄せください。
2017年3月30日(木)曇り/晴れ 12℃
さあ早春の息吹を五感で確かめよう!
いよいよファーム作業の時期が到来した。まだまだ天候は不安定ではあるが、トラクタで耕運したファームを見ていると、何かウキウキしてくる。早速畝つくり開始である。耕運していくと土の中にはミミズが泳いでいるように動き回っている。肥料も自然堆肥(落ち葉、野菜くず、精米粉、灰)うを使っているかもしれないが栄養満点のような気がする。「永き日や欠伸(あくび)うつして別れ行く」。明治の文豪、夏目漱石は俳人としても有名だ。1896(明治29)年、漱石が松山を離れ熊本へ転任するときに詠んだという。歳時記では昼の時間帯が長くなることを、冬なら「日脚伸ぶ」、春ならば「日永(ひなが)」という季語で表す。漱石の句は寂しいはずの別れがのどかな空気に包まれる。暑さ寒さの分岐点とされる彼岸も過ぎて、待望の桜のシーズンも遠からずやって来る。暖かい陽気に人間は身も心も軽くなる。そして菜の花の鮮やかな黄色を目にして、甲高いヒバリの鳴き声を耳にすれば、もういうことなしである。3月も残りわずか、着実に日は長くなっている。文人ならずとも、誰だって季節の移ろいを感じる時候である。体もむずむずする行楽期。厄介な春眠に負けず、さあ、野にいでて早春の息吹を五感で確かめよう。
2017年3月28日(火)曇り 8℃
沈黙は金なりー稀勢の里・高校球児
今日もせっせと大工作業にとりかかる。看板、ワイン・お酒収納ラックも完成間近で、作業する手にも思わず力が入る。政治の世界は暗闇のままであるが、スポーツ界の快挙の出来事には心躍る。「沈黙は金なり」。19世紀の英国の思想家トーマス・カーライルの言葉である。「黙るべき時を知ることは最も大切」。先日の大相撲千秋楽。奇跡の逆転優勝を遂げた横綱稀勢の里に、そんな格言が脳裏をよぎった。13日目に痛めた左肩はテーピングで巻かれ、休場もささやかれた14日目はあっけなく土俵を割った。けがの具合について本人も親方も「相手もあることだから」と無口を貫いた。これが勝負の世界だと、多くのファンは横綱の痛々しい姿に「出場するだけで立派」と健闘をたたえる拍手の準備に入っていたに違いない。ところが、そんな空気一色のドラマの結末は驚きと感動が待っていた。判官びいきの日本人にとっては「これぞ横綱、あっぱれ」の瞬間だった。判官びいきと言えば、甲子園の代名詞でもある。そして春の高校野球では、まさかの2試合連続の延長15回引き分け再試合。横綱の自覚として黙るべき時を知る稀勢の里、ひたむきにボールと格闘する球児たちの姿。すがすがしい余韻がまだ残る。安倍政権は自己保身術を身に着け、都合の悪いときは都合のよいことだけしゃべり、肝心な時は沈黙。稀勢の里そして高校野球球児のけなげな姿勢を見習ってほしいと思う。
2017年3月27日(月)みぞれ 6℃
遠くの景色がかすんで見えるーまさしく森友問題と同様に!
日ごと暖かくなるこの時期、大気中の水蒸気が多くなり遠くの景色がかすんで見える。最後の春の雪と思わせるようなみぞれ交じりの雪が降っている。でも乾燥気味なので空気・土にはちょうど良いかもしれない。梅のつぼみも開き加減でいたが、この寒さで縮こまっているようにも見える。遠くを見渡せば何となくかすんでいる。気象庁では視程1キロ未満を「霧」、1キロ以上10キロ未満を「靄(もや)」と定めているとか。春に桜と霞はつきもので、昔の風景画でもよく一緒に描かれている。しかし現代の都市は乾燥が進み、スモッグでかすんで見える。話題の「森友学園」問題もそうである。学園理事長の証人喚問は臆測を呼び、むしろ謎は深まった。経緯を知るはずの霞が関も、あろうことか記録を破棄したと言う。春霞はカラッとした初夏の日差しで消え去るが、実態を覆う霞はいつ晴れるだろう。真相は霞に包まれぼんやりしている。
2017年3月26日(日)晴れ 8℃
「忖度」ー役人の心の微妙な動きがよくわかる
連日、森友学園問題ニュースが流れ、ついついTVを見いってしまう。広辞苑で「忖度(そんたく)」という言葉を調べてみた。相手の心中を推し量ることで、その心情を酌み取った結果、程よく取り計らって手加減することを「斟酌」、取りなすことを「口利き」という。いずれも心の微妙な動きだけに形としてはなかなか見えにくいもので、英語も難しいらしい。「森友学園」の国有地売却問題を巡り籠池泰典氏は、国会証人喚問で「安倍晋三から」と昭恵首相夫人が差し出した寄付100万円を受け取り、借地契約や校舎建設では「夫人を通じて相談した」と証言している。評価額より8億円安い用地の払い下げや認可申請では、松井一郎大阪府知事や国会議員の名を挙げて「関与はあっただろう」「神風が吹いた」と詳述。「夫人から口止めと取れるメールが届いた」と実に生々しい。夫人の名誉校長就任で財務省や大阪府が首相周辺を慮り手心を加えた―とこれまでの主張に沿う内容で、政府は全面否定した。真相解明には党利を超えた緻密な検証と名前が挙がった関係者の証言が不可欠ではないか。証言が事実なら首相夫人や政治家と官僚の取り合わせの妙に驚かされる。政治家が物を言わなくても賢明な官僚は阿吽の呼吸で忖度する。官僚の多くは忖度の結果をいかに出世に結び付けるかに腐心しているとか。忖度に罪はないが私欲とつながれば口利きに直結する。加速度を増す申請手続き、本人も驚く用地価格引き下げは理解の度を超える。忖度で8億円も安くなるのはとにかくびっくりである。本当に真相は解明されるのだろうか?
2017年3月23日(木)晴れ 10℃
日本国土の土を汚す事件が続いている!
地下をのぞいたら、あるはずの盛り土がなかった豊洲問題。土の中にごみが埋まっていたことで破格の安値で国有地が売られた森友学園問題。東西の「地面」の話題が連日、ニュースでにぎわしている春分も過ぎて春めく陽光の中、野や山に生命が輝き始めている。花は咲き、虫は遊ぶ。ちょうちょう ちょうちょう 菜の葉にとまれ 菜の葉にあいたら 桜にとまれ。童謡「ちょうちょう」の風景だ。この素晴らしい日本国土の土を汚した福島を忘れてはならない。「即時停止」「将来はゼロに」から「稼働年限の延長」「過度に依存せず」「早期の再稼働」へ。福島原発事故後の原子力政策である。チョウは蜜を求めて花から花へ。政府や経済界が求めるのは「安価な電力」という蜜だろう。いったん事故が起これば、取り返しのつかない被害を出し、補償や汚染対策、風評被害も含め膨大な経済的損失を招くことを経験したのにもかかわらず。巨大津波は予見されており、原発事故は防げた。前橋地裁は、福島原発事故を防がなかった東京電力と国の過失を認める初の司法判断を示した。安全よりも経済的合理性を優先させたことを「特に非難に値する」と断じ、性急な原発回帰に警鐘を鳴らした。菜の花や桜が咲き誇り、チョウが舞っても、春の訪れを楽しむ人々の声は聞こえない。今なお人が住めない福島原発の周辺地域に、また沈黙の春が訪れる。原発被害者の心に寄り添うとの安倍総理の言葉が空しい。
2017年3月22日(水)晴れ 11℃
残雪の山々を輝かせる陽光は力強くなってきている!
すっかり雪の消えた川崎町であるが、我が家から西に行くに(山形方面)つれて、山々や田畑の雪は次第に増えていく。季節が逆戻りするような錯覚に陥ったものの、残雪の山々を輝かせる陽光は力強い。春の確かな歩みが感じられる。しかし、相変わらず蔵王降ろしの風が強く肌寒く感じる。早速、今週末の悠々ファーム畑起こしに向けて、草取りや野菜くず置き場肥料のチェックを行うが風が強く作業も滞る。作業は中断して今度は、週末イベント用の草餅の”よもぎ”採りを行いながら春の香りに浸った。家でTVスイッチをひねれば、3度も廃案になった共謀罪法案が、今度は「五輪でのテロ対策」を前面に掲げて国会に提出された報道がなされていた。犯罪の計画段階で罪に問う。これでは監視社会だと批判を浴びている。だったら東京五輪・パラリンピックでテロが起きたらどうするというわけだ。五輪とテロ。この二つを軽んじるのかという、いわば印象操作の術である。ご用心。政治の舞台は言葉遣い一つで回る。武器輸出三原則は国是ともいえたが、安倍政権は武器を防衛装備、輸出を移転とし、防衛装備移転三原則の名称にした。これで武器をめぐる光景が変わってきた感がある。では共謀罪法案の言葉遣いはどうか、目くらましの術はないのか、国民に説明すべき金田法務大臣の足元が頼りない。これで押し切るなら、まさしく国民がなめられたもんである。とにかく安倍政権の強権が目立つ日々が続き心配の種が増えている。
2017年3月20日(月)晴れ 10℃
スギ花粉の飛散がピーク「杉は緑、花は粉、ハクショーン」
春になれば、柳の葉は青々と茂り、花々は赤く咲き誇る。当たり前の自然の営みである。冬ごもりの虫たちが地中から顔を出し、堅いつぼみもふっくらと。日一日と春めくけれど、美しい季節は憎らしい相棒も連れてくる。「杉は緑、花は粉、ハックショーン」である。スギ花粉の飛散がピークの時期である。今年の飛散数は、少なかった昨年の2~3倍という。それだけで鼻がムズムズ。目がちかちかで、憂鬱な日々が続き体調もイマイチなこともあり、日誌もしばらくお休み状態であった。「飛散数」が「悲惨数」に聞こえる。スギの後にはヒノキ花粉が。大型連休あたりまでグスグスが続くつらい時期だ。統計的数字をみると日本人の4人に1人が花粉症ともいわれている。自然の営みであっても、あるがままに受け入れたくはない。外出時にはマスクや眼鏡の着用。うがい、手洗いなどの自衛策を心掛けているつもりではあるが。。。そもそもは、戦後、木材の供給のために成長の速い針葉樹の植林を進めたことが原因だ。スギとヒノキの人工林の面積は森林全体の3割近い。高度成長期に大量に植えられたスギやヒノキが、安い輸入材との競争に負けて放置され、今、大量に花粉をまき散らしているという。人の都合で自然の「真面目」をゆがめてしまったことへのしっぺ返しかもしれない。薪作業も一段落がついて、これからはファーム作業と意気込んでいるがハクショーン。。。。。
2017年3月13日(月)曇り 6℃
日本の寄付文化を育てる必要があるのではないだろうか!
3月に入り、周りでもイベントも多くなってきていそがしくなってきた。今日はパートナーと再び”きこり”に変身した一日であった。いろんな処より薪情報が寄せられ、ありがたいものである。そして3月は3.11の東日本大震災をふり返る機会も多い。あれから6年。2011年は「日本の寄付元年」とも呼ばれる。約8500万人が何らかの寄付をして、約6千億円が集まったそうだ。NPO法人・日本ファンドレイジング協会の推計だ。協会の調査によると8割が「寄付も社会貢献」と答えたという。困った時はお互いさまの精神が自然にわき起こった契機ともなったらしく、寄付しやすく、受けやすい仕組みが整ってきたらしい。先日、糸魚川大火災で私も仲間とともに社会活動団体に寄付し、ひとりよがりかもしれないが、大震災でお世話になったお返しの気持ちで寄付をしたが、何か気持ちのよいものである。世界の1世帯当たりの寄付を調べてみると、日本では数千円という。まだまだである。英国のチャリティー団体が昨年発表した世界寄付指数ランキングでは金持ちの米国は2位、1位はミャンマーで3年連続だ。途上国のスリランカやケニア、ブータンが先進国にまじり20位内に入っている。日本はまだまだ途上国の114位であった。宗教的背景だけでなく、貧しさの中で助け合いが息づく国柄も見えてくるような気がする。今は、ふるさと納税が大はやりだ。これも寄付の一つだが、豪華返礼品の競争に目を奪われているのではないだろうか。もっと地域や活動を応援する寄付文化を育てる必要があるのではないかと思う。そして2011年の「日本の寄付元年」をふり返る時ではないだろうか。
2017年3月12日(日)晴れ 8℃
薪ストーブ講習会ーほっこりとして楽しいですね!
残雪を頂く蔵王連峰も冬の緊張が解け、時折穏やかな表情をのぞかせるようになった。春3月、年度末の3月。別れの季節。自分の卒業と関係なくともこの時季になると、何となく切ない気分にもなる。しかし、今日はNPO主催による薪ストーブ講習会を我が家で開催し赤い炎とともにほっこりした気分を味わうことができた。約20人のメンバが参集し、講師役として薪ストーブでお世話になっているデクソンさんを迎え、トップダウン着火方法、メンテ方法、薪の種類、温度管理等含めて、実技を通して、仲間と共に忌憚のない意見交換することができ、楽しいひと時を過ごすことができた。薪ストーブオーナーのいろいろな種類の薪ストーブの資料をみながら、語り合うのも楽しいものである。もうじき薪ストーブとのお別れの時季も迎えるが、この暖かさはなんとも言えず心地よく離れがたい。これから三寒四温を経て本格的な春へと向かっていく。南から届く花の便りも気になってくる。西日本では例年より早く梅の開花が進んでいるそうだ。我が家の悠々梅林の可憐な姿を見ると、梅は咲いたか、桜はまだかいなの気分にもなる。冬が長い分、北国では特に花の季節が待ち遠しい。でも、この薪ストーブは我が家にとっていつまでも離せない。
2017年3月9日(木)曇り/晴れ 7℃
東日本大震災6年を迎えるにあたり!
2リットル入り水ペットボトル3ケース。カップラーメン、レトルトカレー、お菓子、ビスケット。やかん、カセットボンベ、マッチ、炭と七輪、電池、スマホ用ソーラー充電器。不動産権利書、通帳類、保険証、常備薬。寝袋とテントがあるとなおよい。家具へ転倒・開扉防止金具。風呂の浴槽にいつも水をためておく。車は常にガソリン満タン。枕元には懐中電灯と「履き慣れた」スニーカー。家族と連絡手段、集合場所を決めておく。教訓として備蓄を始め、いろいろ心掛けてもきた。それでも不十分なのに、多くが消費期限切れで備蓄の体を成していないことが先日判明。懐中電灯、スニーカーはいつの間にか枕元から消えた。自宅前で車の給油灯が付いた。損保会社の最新アンケートでは、約8割の人が東日本大震災で防災意識を高めたとし、水を半数、非常食を約42%、カセットコンロを約36%が備えている。一方で、家族の安否確認方法を決めていない人が約56%、何も備蓄がない人も約19%。喉元過ぎれば-は言語道断。笑い話にできているうちに改めて身の回りの点検をしてみたいと思う。時とともに風化させてはならないと。。。。。。
2017年3月8日(水)曇り/小雪 5℃
今の時期、里山に足を踏み入れて芽吹きを眺めてみてはいかがだろうか!
ヤマボウシ、カツラ、エゴノキ…。青根地区の別荘にある庭木の梢を覗くと寒さに耐えてきた木の芽が次第に膨らんできている。芽吹きというにはまだ間がありそうだが、今頃の状態を何と呼ぶのだろうか。樹木の新芽が徐々に顔を出す「木の芽時」を調べたら芽ぐみ、芽ざし、芽張り、芽出し、芽吹きと実に豊富な語彙に驚かされる。春三月、冬の峠を越して浅春を迎えた喜びがこれら呼び名の一つ一つに込もるんもではないだろうか。今日断続的に雪が舞う中、友人と2人で別荘地の栗の木の伐採に出かけた。この別荘地の庭木もだいぶ年数も立ち、だいぶ大きくなり、隣の庭まではみ出しそうになってきている。『ことばの歳時記』によると、枝先にそれとおぼしきものが現れるのが芽ぐみ、芽ざし。その芽が膨らむと芽張り、芽出し。遠くから見て梢一帯がぼうっと青みがかる時を芽吹き―と呼ぶらしい。ちなみに芽生えとは草の芽が地表にひょっこり顔を出すこと。草萌えは芽が成長してそろそろ葉になりかける頃に使うとか。草木を眺め、日一日と春めく様子に胸躍らせた先人の繊細な心には恐れ入る次第である。この語彙を借りれば、今は芽ぐみと芽張りの間辺りか。春先の三寒四温で新芽たちは一斉に華やぐが、この「木の芽時」が人間にとっても大事な時ではないだろうか。激しい気温差によるストレスの増大で心身が悲鳴を上げる時期でもある。そして進学や異動など社会環境の変化で自律神経やホルモンバランスを崩しやすいといわれている。そんな時は里山にしばし足を踏み入れて芽吹きを眺め、大きく深呼吸してみてはいかがだろうか。
2017年3月6日(月)曇り 9℃
シンプル・イズ・ベストーかまやつさんの冥福を祈る!
「我が良き友よ」の歌を残して、ミュージシャンのムッシュかまやつさんが逝った。本名は釜萢弘さん。年齢を感じさせない、ひょうひょうとした力みのない風情は永遠になった グループサウンズ全盛期のバンド「ザ・スパイダース」時代を思い出す。忘れられないのは、1975年に世に出た、吉田拓郎さん提供の冒頭の歌である。バンカラな学生にある種、憧れのようなものを持った。友もまた シンプル・イズ・ベスト-。かまやつさんの曲づくり、その一つを表す言葉かもしれない。シンプルで多くの人に愛される曲をつくるのは難しいが、それを追い求めたのだろうか。今、私は仲間のサポートを得ながら、フリーな立場でシンプルに生活を楽しみながら日々を過ごしているが、誰のもとにも来るべき日は来る。でも、この自然の中で蔵王連峰を眺めながら手触りのある生活ができればいいと思っている。かまやつさんがギターとともに軽快なリズムに乗せて歌いながらまたひょいと現れるような同じ感覚で、気軽に多くのお客さんがひょいと来てくれることを楽しみにしている。楽しみといえば、友人に依頼中の桜の木でできた看板と木の枝で組み合わせたワインラックが出来上がってくることを楽しみにしている。
2017年3月5日(日)曇り/晴れ 8℃
持続的なサービスを考える!-宅急便
連日、薪棚製作に追われていたが、薪棚B・C(単管パイプ)がやっとできた。今度は薪棚Eを廃材を利用して製作に取り掛かった。何もかも忘れて、いそがしいが、好きな物事に夢中で集中できることは楽しいものである。そんな中、宅急便のトラックが数台いそがしそうに動き回っている。宅配便最大手のヤマト運輸が、正午~午後2時の配達指定取りやめを検討し始めたと聞く。忙しすぎて、運転手は昼休みも取れないという。背景には深刻な人手不足と、ネット通販の普及による荷物の急増がある。共働きや単身世帯への再配達も多く、もう限界と労組が声を上げた。1976年に生まれた宅配便は、重い荷物を送るには自分で抱えて駅や郵便局に預けるのが普通だった世の中を大きく変えた。生鮮品も送れるようになり、食文化まで変わった。いまや欠かせぬインフラである。どんな山間にあるお宅まで届いた箱に希望や励ましをもらった人は多いのではないだろうか。それも運び手あってこそ。働く人に過剰な頑張りを強いているなら、やはり何かがおかしい。外食チェーンでも24時間営業の見直しが進む。少子化、人手不足の時代に持続的なサービスとは。みんなで考える時に来ているのではないだろうか。
2017年3月2日(木)曇り 4℃
すぐキレルー若者ばかりでなくお年寄りが激増している!
ラジオを聴きながら、パートナーと第2弾薪棚をせっせと製作している。あーでもないこーでもないとしゃべりながらの会話も楽しい。ラジオからこんなコメントが流れてきた。すぐキレるのは若者の特性とばかり思っていたら、最近はお年寄りの暴言や暴力が激増しているとか。酸いも甘いも噛み分けてきたお年寄りは総じて聖人君子と思い込んでいたが。。。先日の居酒屋での飲み会で定年退職して第二の人生を謳歌しているという初老の紳士の声が聞こえてきた。酒席で「退職したら平等」と鷹揚だったが、酒が回ると「俺は会長だった」と周囲に噛みついていた。かつての職責や待遇を自慢したがる人がいる。言行不一致も甚だしいと思う。最近、レストランで食事中に大声でスタッフを怒鳴り散らすお年寄りもいる。兵庫県で75歳の男が煙草のポイ捨てを注意した小学生の首を絞め、東京では64歳の男がすれ違いざまに乳母車の乳児を殴る事件もあった。昨年の犯罪白書では65歳以上の高齢者による暴行事件は20年前の実に49倍。傷害9倍、強盗8倍、殺人も2.5倍の激増ぶりと聞く。昔は「家の宝」と尊敬されたお年寄りだが、長寿化とともに痴呆症をはじめとした脳機能の衰えも忍び寄る。豹変は感情や理性を司る前頭葉が萎縮し、感情が制御できなくなるためだという。怒りは孤独や不安を感じた後に暴発する。でも最後は品性、人格がものいうのではないかと思うが、寄り添ってよく聞き、理解してやるのが最高の良薬ではないだろうか。
2017年3月1日(水)曇り 4℃
さくら野(丸光)デパート閉鎖ーさみしい!
便利すぎて何となく味気ない。郊外型大型店のことである。全国どこの地方都市でも、おなじような店が繁盛している。ただ、店舗はにぎわっても、何となく活気が街には広がらないような気がする。そんな中、仙台駅前一等地に構えていた老舗(丸光)さくら野百貨店仙台店の運営会社エマルシェが2/27自己破産手続きの開始決定を受け、約70年の歴史に幕を閉じた。さくら野仙台店は2002年、民事再生後に再出発したものの、再建途上の信用面の不安もあり、メインバンクを持てなかった。資金繰りに窮し、約31億円の負債を抱えながら自己破産を選択した。JR仙台駅前の一等地に起きた破綻劇。その余波が地域経済に与える影響は大きい。少子高齢化に伴う生き残り戦略の重要性を感じる。知人との懇親会の前にデパートの前を通ると玄関前に閉鎖公示の張り紙がはってあった。街に夢をふりまいた華やかなときを知るだけに、残念な退場ではある。丸光デパート時代の屋上の遊園地がなつかしく感じる。日本の都市の代表格であるデパートが都市の元気をつくり出していってほしいと思う。