■2021活動日誌 8月■
季節の日々の移ろい、自然の中で感じたこと、後世へ伝えたいことなどを思ったままに綴りました。皆さんのコメントをお寄せください。
2021年8月30日 曇・晴れ 27℃
蝉や虫のにぎあいが秋を感じる!
明け方の山林から「ひぐらし」のカナカナカナと涼しげな鳴き声が聞こえる。そして朝の挨拶を交わすように、グループごとに順繰りに合唱を始める。ただその音声が哀愁を帯びていることから、夕暮れの寂しさを象徴しているようで、晩夏の切ないイメージが思い浮かぶ。今頃になると広瀬川で夏の終わりを告げるかのように盛大に花火の音が鳴り響いている。男女カップル、家族連れで笑い声でにぎわっている。虫の世界では同じ声でもセミとコオロギでは仕組みが全く違う。コオロギやキリギリスの仲間は、ご存じ、バイオリンのような弦楽器である。羽と羽をすり合わせ音を出す。一方、セミの場合はドラムのような打楽器で腹部の発音板を振るわせ共鳴させるらしい。鳴くのは雄だけでここでも雌を呼び寄せるためで去りゆく夏を惜しんでいる。今、コロナ禍で人の集まりのにぎあいが少なくなってきているが、セミや虫たちのにぎわいを楽しみにしている。
2021年8月23日 曇・晴れ 26℃
夕焼けと冷えたビールは絵になる!
夕焼けは四季を通じて見られるが、夏の季語でもある。夕暮れが長く、夏の空に壮大な美しさが際立っている。そして見る人の心を揺さぶる力がある。明日は好天だという吉兆とされ、明るい気持ちにしてくれる。稲も夕焼けにきらきらと輝いている。まるで日本の原風景を見るようである。お盆過ぎあたりから、雨が多く、夏の晴れ間も少ない。しかし、やっと残暑も厳しくなってきている。今後は晴天が多く、夕焼けに出合えるのはありがたい。今日も畑で、にっくき雑草(すべりひゆ)との戦いがまだまだ続く。体力的に時刻・時間を決めて作業をしているものの、結構疲れてくる。でも終わったひととき、シャワーを浴びて、うちわ片手に縁側で夕涼みをするのもいいもんである。夕焼けに照らされながら、暮色に包まれるまで夏の思い出とともに時間を過ごす。もちろん、傍らには冷えたビールにトマト・桃があればさらに絵になるが、350ml缶ビールで、すっかり酔ってしまい体力とともにアルコールもだいぶ弱くなったと感じる今日この頃である。
2021年8月19日 晴れ 31℃
緑のシャワーの下で涼みたい!
再び、暑い日が戻ってきた。コロナ禍の中、マスクも着けなければならず、外を歩けば苦行のようでもある。遠出するのは難しいご時世。気分だけでも涼しさを感じるのが、我が家のファームである。マスクいらず、そしてゴーヤが休みどころの屋根まで緑のジュウタンで覆いつくし、その下にいると、まさしく緑のシャワーを浴びている感覚になる。そして山からの風が田んぼの稲穂の上を吹き抜け、涼しい風で体を冷やしてくれる。椅子に座って蔵王連峰を眺めると、気持ちも静かに、穏やかになり、しばし暑さも忘れてします。暦の上では秋の兆しが見え始めている。季節は必ず暦を追いかけ、移りゆく。風がそよぎ、日差しが和らぐまで、もう少し、もう少しと思っている。ファームを見ると、この雨の連続で雑草の生育が著しく、いやになってくる。でも気持ちのもちようで、これも修行と楽しみのひとつと思い、今日も汗を流している。
2021年8月18日 曇 30℃
温かい言葉のシャワーをかけてあげたい!
お盆・夏休みも終わり,こども・孫も帰り、再び夫婦2人の生活が始まった。朝晩いくらか涼しい風を感じるようになった。朝目覚めると、窓から蔵王連峰をながめると、今日一日も始まるなあとの思いがする。春の山の様子を擬人化した言葉が「山笑う」がある。夏の山の形容は「山滴(したた)る」で、青々とした山の様子をあらわす。なるほど、と思う。山は四季折々の姿を見せてくれるが、変わらずいつもそこにある。高い山も、低い山も。県外へ旅行などで出掛けて、帰りの車窓に見慣れた山の姿が見えてくると、ほっとすることがある。山を愛した小説家北杜夫さんは、日本の山について「緑に満ち、いかにも優しい」と書いている。日本人は、荒々しくとも優しい日本の山に登り「幾多の文学作品を産んできた」という。いつもそばにいてくれる安堵感をかみしめている。最近、言葉について感じることがある。その瞬間、道しるべのように影響を与えることもあれば、後になって「あの言葉に支えられた」と思うこともある。元気をもらった言葉を豪雨被災者に贈るのもいいし、雨中の甲子園でプレーする球児を見た。新型コロナの集団感染が判明した学校は出場を辞退した。言葉は思いを形にする手段。冷たい雨とコロナに心が沈む人には「温かい言葉のシャワー」をかけてあげたい。
2021年8月10日 晴れ 34℃
立秋は過ぎたが。。。。。。
暦の上では7日に「立秋」が過ぎた。二十四節気は季節の変化を表す指標だけに、実際の状況とズレが生じることは否めない。それでもふと目にした景色に四季の移ろいを感じることはよくある。「秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」。誰もが聞き覚えのある有名な一首である。詠んだのは三十六歌仙に選ばれた藤原敏行。その歌意は秋が来たと目にはハッキリ見えないけれど、爽やかな風の音を耳にしてハッと気付かされた。とはいえ現実は夏の真っ盛りで、五輪の後のの猛暑が連日襲ってきている。「残暑」の言葉が辛うじて近づく秋を思わせる。往時の文人のような才能はないが、せめてセミや虫の鳴き声、赤とんぼの回遊、空に浮かぶ雲の形、稲穂を揺らす涼風…。日々の変化を察知する繊細さを大事にしたい。明日からは孫が2年ぶりにやってくるが、コロナ禍でもあるだけに、今回は静かにゆっくりと季節の足音を立てずに家とファームで過ごせればと思っている。
2021年8月5日 晴れ 33℃
日本列島に連日、暑い日差しが注いでいる!!!
暑い。暑い。暑い。日本列島に連日、真夏の日差しが照りつけている。最近は地球温暖化の進行が著しく、世界の気温も確実に上昇している。となると夏を乗り切るため、猛暑や熱中症の対策が必須でもある。米海洋大気局によると、世界の年間平均気温は2016年に14・84度まで上がり、1880年以降で最高を記録した。また航空宇宙局の2018年の発表では、同期間で平均気温が高かったのは、直近の2014年から2018年がベスト5を独占したという。ではこの過酷な暑さ、人間もさることながら、自然界で生きる植物たちはどう対処しているのだろうか。まず暑さが苦手な植物は夏が来る前の春、子孫であるタネに命を託して姿を消している。一方、炎天下で育つ植物は熱帯などが原産地で、暑さにはめっぽう強い。ただ“南国生まれ”とはいえ、炎熱に耐える仕組みを備えている。光合成を行うため強烈な太陽光を浴びると、葉っぱの温度は高くなり酵素の働きが悪くなる。そこで植物は葉の表面の気孔から水を蒸発させ温度を調整しているという。つまり人間が汗をかくのと同じこと。また植物は紫外線対策として、活性酸素を消去するビタミンCやEを持っている。水分をこまめに補給し熱中症を防ぎ、ビタミンの力を利用し紫外線から身を守っている。人と植物、生きるメカニズムは共通しているんだと改めて実感した。
2021年8月2日 晴れ 31℃
まずはコロナ対策ファーストを最優先ですすめてほしい!
新型コロナの感染拡大が深刻の度を増す中にあっても、東京五輪はスポーツの感動でわれわれの心を明るく照らしてくれる。しかし、五輪TV中継をみているが、なぜか複雑な思いが湧き出る。そして、競技とは別のところで、またも多くの人を落胆させる失態が明らかになった。開会式が行われた23日に国立競技場でボランティアらスタッフ向けに発注した弁当約1万食のうち約4千食が余り、処分されたという。「発注量が多く、食べなかった人もたくさんいたため消費しきれなかった。実際の需要との誤差が生じた」と説明しているとはいえ、誤差にしてはさすがに量が多すぎる。飼料などのリサイクルに回したというが、苦しい釈明にも聞こえる。また、五輪開幕以降、各競技会場全体で2~3割の食品ロスが出たといい、発注量を適正化し、改善していくとしている。そもそも組織委は大会テーマの一つに「持続可能性」を掲げ、二酸化炭素(CO2)排出や食品ロスの削減に取り組むことにしていた。弁当を大量に処分するようでは、掛け声倒れと言われても仕方がない。何事も五輪ファーストで済ませ、問題を隠蔽する体質が見え隠れしている。世界中の模範になるはずの五輪が、反面教師そして優先させる強行五輪もいいが、緊急課題はコロナ対策ファーストであり最優先ですすめてほしい。