
■2025 活動日誌3月■
季節の日々の移ろい、自然の中で感じたこと、後世へ伝えたいことなどを思ったままに綴りました。皆さんのコメントをお寄せください。

2025年3月27日 晴/曇り
サクラの生命力に感動!

春分の日を過ぎてから急に暖かくなった。春の訪れはうれしいけれど、季節の巡りはますます速さを増す気がする。今週末にでも仙台も桜の開花宣言が出る予定とか。川崎での開花は4月中になると思うが、なぜか心弾む。桜に関する本の中で幹の中心部が空洞になっても皮だけでも生き、開花させると記述してあった。その生命力の偉大さには感動させられてします。今、各地で山火事の災害が起こり、そのすさまじさには驚かされる。大船渡市での山火事の惨状をみて、これは気を付けなければと思っている矢先に愛媛県と岡山県、宮崎県でまた山林火災が起きた。その中に焼失した桜があるかもしれない。地球温暖化の影響で乾燥状態が続いている。何とかならぬものかと祈るばかりである。今年1月末に亡くなった経済アナリスト森永卓郎さんの追悼番組で森永さんの歌が紹介されていた。〈満開の一瞬終えた花びらが最後の力で湖面漂う〉。花の命は短いが山火事のすさまじさをみて花見そして桜巡りしながらも火の元には十分気を付けたい。
2025年3月17日 曇り
鈍感力と敏感力

「内閣支持率の上下をいちいち気にすることはない。目先のことには鈍感になればいい。『鈍感力』が大事だ」。かつて、こう語ったのは元首相の小泉純一郎である。世間の空気に必要以上に反応することを戒めたかのようだ。政治家の資質に「鈍感力」を挙げる向きがある。周囲の評価に一喜一憂せず、信じた道を進むべきだという意味が込められているらしい。とはいえ、周りの声に耳を貸さなくなれば独善に陥る。よい政策を実行するには社会の実態を直視せねばなるまい。「鈍感力」と「敏感力」を併せ持つことこそ、優れた政治家の資質かもしれない。その行為が国民の目にどう映るか。そんな感覚をすっかり鈍らせてしまったのか。石破茂首相のことだ。自民党議員との会食に際し、事務所が土産名目で1人当たり10万円分の商品券を配っていた。法には触れないと言うが、10万円分の土産とは。与党内からも「国民の感覚と大きくずれている」との声が上がる。ましてや、派閥裏金事件で「政治とカネ」の問題が取り沙汰されるさなかである。これでは「鈍感力」でなく、ただの「鈍感」だ。首相になる前は国民人気の高さが売りだったはずだが「敏感力」はしぼんでしまった。やはりこれが自民党の本質であるような気がする。

2025年3月12日 晴れ
医療費控除が楽になった!

加齢とともに医療機関にお世話になることが増えた。内科、眼科、歯科、皮膚科…。気づけば四つも受診している。月々の医療費はばかにならない。今年、マイナンバーカードを使った「医療費控除」の電子申告をスマホで初めて挑戦した。初期設定とマイナンバーカードを読み取る手間はあるが、便利なのは1年間に使った医療費が即座に判明すること。保管していた領収書をまとめ、累計額を計算していた以前の手間暇に比べると格段に楽になった。始める時の少しの不便は、長い目で見ると大きな利になるものが多い。来年はもっと楽に処理できるようになるだろうと思う。そして3/5には確定申告の税金が還元されてきた。物価上昇が続いている。節約に努めても医療費は節減が難しい。受診を我慢すれば症状が悪化し、逆に医療費が高くつく恐れもある。そもそも医療機関は命を守る最後のとりで。金銭面で受診をためらうような社会にはしたくない。そんな声の大きなうねりに押されたのか、石破茂首相が「高額療養費制度」の自己負担上限額引き上げの全面凍結を表明した。批判もあるが、立ち止まって考えるのは決して悪いことではない。この間に、こちらは医療費控除に頼らないで済むよう、病気予防に努めなければと思っており、毎朝、いつものNHKTV体操にいそしんでいる。
2025年3月7日 曇り/晴れ

陰暦3月の異称は「弥生」。弥には「いよいよ」「ますます」という意味があり、草木がいよいよ生い茂る「いやおい」が詰まって弥生と呼ばれるようになったという。先週末は暖かかったが、週明けからまた寒くなった。それでも春の足音が大きくなってきた。草花が芽吹き、心が躍る時季である。二十四節気の一つ啓蟄(けいちつ)を迎えた。冬ごもりしていた虫たちが地上にはい出る時季。県内では公立高校の一般選抜入試も終わった。冬ごもりのように机にかじりついて頑張った受験生も多いと思う。苦労やつらかった日々があるからこそ、抜け出した時の喜びが大きくなるものである。2022年に亡くなった稲盛和夫さんは「心は庭のようなもの」と言った。美しい花の種をまいても手入れを怠れば雑草だらけになると諭す。思いやりや感謝といった“肥料”を心の庭にまくのを忘れないようにしたい。そうすれば生い茂る草木のように、それぞれの夢もきっと開花する。その言葉を脳裏に浮かべながら老体に鞭を打ちながら懸命に生きていることの幸せを感じながら春を待ちたい今日この頃である。